J.S.BACH GOLDBERG VARIATIONS

ana/recordsより2021年10月20日 CDリリース ¥3,000(税込)

 

楽器にむかって弾いている。 鍵盤に指があり、そのむこうで、音がしている。
 絃を鳥の羽軸がはじいている。 錯覚かもしれないけれど、音のするところが、音域によって、右 に、左に、うごく。うごいているのがわかる。楽器のどこで発音されているのか、わかる。 《ゴルトベルク変奏曲》を弾いているのは大木和音のはず、なのに、なぜか、じぶんが弾いてい るようにからだの前、ちょっと上、ちょっと下、音が行き来しているのを感じている。 よく知っている、よく知られている《ゴル トベルク変奏曲》の、左手がソ・ファ♯・ミレと下 降してゆくテーマ。 譜面にあるとおりにしっかりと変奏ごと、 前半後半ごとにくりかえす。とき に上下の鍵盤をかえて。

ひとつひとつの変奏のあとに、手を鍵盤か らはなし、ひと呼吸。楽器のひびきが、空気 の、空間のなかで消えさるまで、演奏者は耳 をすまし、あらためて、つぎに、また、つぎ へとすすめてゆく。
 間をおいて、心身をリリースする。 奇をてらわず、無理のないテンポで、
 各変奏はべつの曲、べつの世界のように、
 独立して提示される。テーマと30の変奏、 テーマの回帰、と長大な楽曲なのに、曲集の よう、1曲1曲を集めたもの、と弾かれ、聴か れると、もっとリラックスしたまとまりとな る。 緊密につながりあう構築的な楽曲であるこ とを強調するあまり、失われてしまったもの があったんじゃないか。つくりは精緻であっ ても、弾かれるときは、もっと自由に、とも すれば散漫でもよかったのではないか。そん な想像さえ許してくれる演奏。

右の手と、左の手との、音の、音域の分離。
左の手の、左の指が、うごいてゆく。 ときに、右手の奏でる線と、左手の奏でる線と、右・左で分けあう線が、それぞれにうごき 、 近寄っては、はなれる。左手の低い音が、右手で弾かれる線とはべつに、舞う。右、左、下、上、 と、ステップを交互に踏んで、手どうしが、近くなったり遠くなったり、そして、音域ごとに音 色が変わって。
弾き手は、ひと、と、ひと、のあいだに、目にみえぬものを織りあげる。 中音域から低音域へとさがってくる左手の音型が、ふとはさまれる休止が、右の手とちがった うごきをみせる。そうして、2人、3人の踊り子たちが、みえないダンスを踊るのを感じとる。 伝説にきく《ゴルトベルク変奏曲》、不眠の伯爵のかたわらで演奏するゴルトベルクを、夜、 音・音楽をあんで、朝ほどくペネ ロペイアにみたてたら、どうだろう。 それを演じるのは大木和音。
小沼 純一(音楽•文芸批評家/早稲田大学 文学学術院教授)

 

embalo : Kazune Oki rec.at : Why nuts?Studio

in Yachimata city Chiba Japan, November 2020 Recording & Mastering Engineer :
Todd Garfinkle (M.A Recordings) Recording Producer & Cembalo Technician : Makoto Kano (ana/records)
Cembalo : Christian Kroll (Lyon 1770) copied by Oliver Fadini Paris

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